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福岡地方裁判所 昭和33年(わ)756号 判決

被告人 舟越甲一

大一三・一〇・一生 無職

福永卯一

昭二・八・二三生 無職

主文

被告人舟越甲一、被告人福永卯一を禁錮六月に各処する。

但し本裁判確定の日から二年間右各刑の執行を猶予する。

訴訟費用は全部被告人福永卯一の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人等はいずれも日本人であるところ、

第一  被告人舟越甲一は、昭和二七年一〇月頃から昭和二八年七月二七日頃までの間に、中華人民共和国(以下中国と略称する)におもむく意図をもつて有効な旅券に出国の証印を受けないで本邦より出国し、

第二  被告人福永卯一は、昭和二八年四月下旬頃から昭和二九年一二月頃までの間に、中国におもむく意図をもつて、有効な旅券に出国の証印を受けないで本邦より出国し

たものである。

(証拠の標目)(略)

(法令の適用)

被告人舟越甲一、同福永卯一の判示各所為はいずれも出入国管理令第七一条第六〇条第二項に該当するから、その所定刑のうち、いずれも禁錮刑を選択してその刑期範囲内で、被告人両名を、各禁錮六月に処し、刑法第二五条第一項を適用して、本裁判確定の日から各二年間右各刑の執行を猶予する。訴訟費用は刑事訴訟法第一八一条第一項本文により、被告人福永卯一の負担とする。

(被告人及び弁護人の主張に対する判断)

第一、公訴の時効完成の主張について。

諫山弁護人は、被告人舟越甲一の公訴事実については、本件起訴の日から少くとも三年以前に中国に渡航していると思料されるので、本件公訴の時効は完成したと主張する。本罪が被告人が本邦から出国したと同時に完成し、この時から公訴の時効は進行するとみるにしても、前掲証拠によれば被告人は、遅くとも昭和二八年七月二七日頃から昭和三三年七月一三日京都府舞鶴港に上陸帰国するまでの間日本国外に居住していたことが認められるから、右日本国外における居住期間中は刑事訴訟法第二五五条第一項によつて、公訴の時効はその進行を停止し、被告人が本邦に帰国した昭和三三年七月一三日から進行を始めたものと解すべきである。そして本件公訴は昭和三三年七月二四日に提起されたのであるから、公訴の時効は完成していない。

第二、憲法違反の主張について。

(一)  諫山、谷川両弁護人は、海外渡航の自由を侵害し、制限することを認めた出入国管理令は全体として憲法第二二条に違反して無効であると主張する。

憲法第二二条第二項は、「何人も外国に移住し、又は国籍を離脱する自由を侵されない」と規定しているが、この自由はもとより公共の福祉による制限を受けるものと解すべきところ、出入国管理令第六〇条第二項は同条第一項と共に、本邦からの出国の手続に関する措置を定めたものであつて、出国自体を法律上制限するものではなく、このような手続的措置を定めたため、間接的に外国移住の自由が制限される結果が生ずるにしても、その手続的措置は、同令第一条に規定する、すべての人の出入国の公正な管理を行う目的を達成する公共の福祉のためにもうけられたものであるから、同令第七一条、第六〇条第二項の規定を憲法第二二条に違反するということはできない。(両弁護人は、同令の規定は全体として憲法第二二条に違反すると主張するけれども、本件においては右第六〇条第二項、第七一条以外の規定については判断の限りでない。)

(二)  更に、両弁護人は、出入国管理令が違憲でないとしても、憲法第二二条は国民の居住移転の自由を宣言し、旅券法第一三条は特別の場合を除いて外務大臣は旅券を発給すべきことを規定しているところ、共産党員に対しては、従来旅券は絶対といつてよいほど発給されていなかつたし、被告人等の出国の当時も、被告人等が旅券発給の申請をしたとしてもこれを与えられる可能性は全然なく、共産党員の海外渡航の自由は全く侵害されていた状況であつたが、かかる状況の下で、共産党員が正当な政治活動をするため法定の手続をとることなく出国したからといつてこれを出入国管理令第六〇条第二項、第七一条によつて処罰するとすれば、正に海外渡航の自由を侵害するもので憲法第二二条に違反すると主張する。

仮に、政府が共産党員の海外渡航を全く認めず、且つ、そのことが、憲法その他の法令に違反するとしても、そのことから、当然に且つ直ちに、被告人等の密出国の行為が正当化され、又は、その行為につき責任を阻却されるわけでもなく、従つて、これを処罰することが、当然に且つ直ちに、憲法第二二条に違反するわけのものではない。

第三、訴因の不特定の主張について。

諫山、谷川両弁護人は、本件起訴状は犯罪の日時についてその記載が不完全であり、場所、方法にいたつては全くこれを明示していないから、刑事訴訟法第二五六条第三項に違反することが明らかであり、本件公訴は同法第三三八条によつて棄却されるべきものであると主張する。

右第二五六条がその第三項において「訴因を明示するには、できる限り日時、場所及び方法を以て罪となるべき事実を特定してこれをしなければならない」と規定したのは、公訴事実を特定するためであるから、これが特定できる限り、たとえ密出国の犯罪につきその時期を相当の幅をもつ期間を以てし、その出国地点及方法につきこれを明示しなくても敢て違法であるということはできない。本件起訴状によれば、被告人両名は、有効な旅券に出国の証印を受けないで、中国に向つて本邦から出国したこと、その時期は被告人福永につき昭和二八年四月頃より昭和三三年六月下旬迄の、被告人舟越につき昭和二七年一〇月頃より昭和三三年六月下旬迄の各期間内であることを明示しているのであるが、一般に本邦から本邦外の地に密出国するということ、又、本件のように中国へ向つて密出国するというようなことは特にその地理的関係から他の一般の刑法犯などのように頻繁に行われるものではないから、右のような諸点が明らかにされた以上その他の点を明示しなくても出入国管理令第六〇条第二項違反罪の公訴事実はその特定ができているというべきであり、本件起訴状における訴因の記載は違法ではなく、本件公訴は有効であると解すべきである。

第四、緊急避難、正当行為、期待可能性なきこと、乃至超法規的違法阻却等の主張について。

被告人等及び弁護人等は、被告人等は朝鮮戦争を終結させ、我国と世界に平和をもたらすため中国に渡航して活動することはその責務であると確信していたが、政府は不当に海外渡航の自由を侵害して旅券の発給をせず、これが申請をなしても無駄であることが明らかであつたので、遂に止むなく出国したのであり、形式的に出入国管理令に違反するとしても、緊急避難、超法規的違法阻却、正当行為乃至期待可能性の法理によつて違法性乃至責任が阻却されるべきであると主張する。

然し、仮に、右主張において前提する事実関係がそのとおりだとしても、未だ被告人等の行為を目して、自己又は他人の生命、身体、自由若くは財産に対する現在の危難を避けるため止むことを得なかつた行為であるとか、正当な行為であるとか、法律全体の精神からみて処罰すべきでないと評価さるべき場合であるとか、或は、他に適法な行為を期待できない場合であるというに足らない。

以上の通り被告人並びに弁護人の主張は、いずれも採用し難い。よつて主文の通り判決する。

(裁判官 塚本富士男 岡田安雄 渡辺昭)

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